CICOメールマガジン
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RI News
広報 ニュースルーム 067
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◇ RIBIが津波被害復興に100万ドル
イギリスとアイルランドのロータリー クラブ(RIBI)が集めた856,075ポンド(米貨
約150万弗)の災害援助資金がアジアの4カ国(スリランカ、印度、インドネシア、
タイ国)での津波被害復興を目標にした6大プロジェクトに使用されます。
☆ 詳細は以下をご覧ください。
http://www.rotary.or.jp/ri/kouhou/05-06/newsroom/067.html
◇ 瀕死のジンバブエ クラブが甦生
ジンバブエのビンヅラ(Bindura)クラブの会員数が17名になったのを、手放しで
祝う訳にはゆかないようです。1987年のクラブ創立時には、在籍21名の会員が
だんだん減り、3名になりました。最悪の事態がやってきました。2004年2月に
クラブ会長が自動車事故で死亡し、間もなく残りの2名の中の1人が首都、ハラレ
(Harare)に転勤になり、クラブ消滅の危機に直面しましたが、一年後には総数
15人の新会員を加えて、クラブが甦生しました。
D9210のクリス モラム(Chris Molam)PDGによると”クラブ会長の死は途方も
無い大きい影響を与え、亡き会長が示したロータリーの奉仕の精神を記念して、
クラブを再生させようと立ち上がりました。RIの分担金滞納によるクラブ解散は
行わないというRIの方針が、ビンヅラ クラブに時間的な助けになりました”。
2004‐05年度のボリス ボイノフ(Boris Boynoff)ガバナー補佐がビンヅラ
クラブ支援の責任任者になりました。”困難な仕事でした。只一人のクラブ会員
であるラバート ズングンデ(Lavert Zungunde)氏は”或る時は再建を放棄しようか
とも思いましたが、他のロータリー クラブから多くの支援を受け、ガバナーと
ガバナー補佐から頂戴した多大の励ましに感謝します”と語りました。
ズングンデ会員はロータリアンとして、自分やクラブの将来を考えました。今では
冗談も交えて話しますが、其の時は苦しい事の連続でした。ズングンデ会員は
”当時の良かった事は何だと思いますかと言えば、自分独りで会議を開き、出席を
記録し、勿論出席率は100パーセントです。孤独な会議を行いながらロータリーは
絶対に消滅しないと自分に言い聞かせました”と述べました。
ズングンデ会員には、事故死した前会長の未亡人が、クラブ甦生に力を貸し、
亡夫の遺志を継ぎ、遂にロータリアンになりました。
ズングンデ会員は、クラブ例会を訪問ズングンデ会員は、クラブ例会を訪問する
ロータリアン達から会員増強の智恵を授かり、自分の奥様や市役所の幹部も会員
にしました。
2004年11月に社会奉仕の第一弾として地元の病院に陶器を贈り、次には地域内の
全ての学校に書籍を贈り、井戸の掘削や学校建設を支援しました。今年、5月の
D9210の地区大会ではビンヅラ クラブは再生を祝福されましたが、会員の誰もが、
会員増強が容易だとは考えておりません。経済的や政治的危機に併せてHIV/AIDS
が流行し、ロータリアンの予備軍が極端に少なくなりました。現在はクラブ会長の
ズングンデ氏によると、一例として先日、地元の医者に入会を奨めたら、経済的な
理由で入会を断られました。因みにジンバブエの医者の月収は米貨317弗です。
それに加えてビンズラには独特の問題があります。ビンズラには「通過地点」という
ビンズラで臨時に働き、機を見て良い処へ移動したり、住んでも首都へ通うとかいう
状態です。この人達にはロータリー活動の時間的な余裕は無いようです。
如何なる状況であれ、クラブは将来に希望を持ち、今年の7月18日には、ある会員宅
に集り将来の計画を討議しました。ズングンデ会長の言葉”9月第一週のクラブ例会
には、会員各人が入会予定者を一人づつ連れて来て、少なくとも10名の新会員を
入会させたいものです。”とのことです。
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◆送信後記◆
ジンバブエのお話は少々長いのですが、全文を掲載しました。
ちょっと、いい話ですね。
鈴鹿西RC・広報委員長: 松本裕夫
ahmatsu@mecha.ne.jp
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